昨年4月に逸見さんにこのプロジェクトに参加しないかと、声をかけられましたトム・ガリーと申します。本業は和英翻訳ですが、自分のことを「辞書オタク」でも言うほど辞書編集にも興味があります。
ウェブで検索すると、「辞書オタク」という言葉が出ていますが、百数十ヒットしかありませんので、『新和英大辞典』の改訂版に載せるべきかどうかは微妙です。載せるとしたら、その英訳が dictionary nerd とか lexicographic maniac で良いでしょう。
私のような辞書オタクにとっては、『新和英大辞典』の編集に参加できたのは大変光栄に思いまして、大変勉強にもなりました。昨年末ぐらいまでは、見出し語や用例の英訳を中心に作業をしていました。他社の和英辞書の編集にも手伝っていますが、それに出ている作例のわざとらしさにうんざりすることがよくあります。しかし、『新和英大辞典』の場合は、日本語執筆者がお書きになった用例の適切さと自然さにいつも感動いたしました。
今年に入ってからは、原稿の執筆から質問の回答やゲラの校正へ移りました。その時に、初めて他の英語執筆者が作業された原稿を読むことになりましたら、非常にいい英訳、私だったら思いも付かなかった自然で、生きた名訳が多かったのです。改めて感動しました。
4月ごろからは締め切りが近付いてきまして、週何回か研究社へ行くことになりました。その時に長年努力してきた辞書編集部の編集者たちの他に、他の編集部からの方々も来てくださいました。何十人が同時に同じフォーマットの3段ゲラを校正している光景が非常に印象的でした。それで、最後の何日間は十人以上が研究社の印刷工場まで出向くことになりました。それを聞いた私は、辞書オタクにとって最高のチャンスだと思って、最後の日、6月14日の土曜日に、埼玉県新座市の工場まで行って、最後の出張校正に参加してもらいました。印刷機などの見学もさせていただきました。その日の午後5時ちょっと前、最後のゲラが無事に校了になりまして、改訂作業8年間、第4版出版から29年、『新和英大辞典 第5版』の編集が終わりました。
一般人にとっては、「オタク」という言葉を聞きましたら「辞書」よりもパソコンやビデオゲームなどを連想するでしょう。御存じだと思いますが、ただいま、そのようなオタク族のメッカ、秋葉原周辺では大工事が行われていまして、そのための大型クレーンも聳えています。そのクレーンには、ある建設会社のモットーが書いていて、それは「地図に残る仕事」です。建設業の人間にとっては、そのような大プロジェクト、終わりましたら実際に地図に載せることになる駅、橋、道路などの仕事に参加するには遣り甲斐があって、プライドもあるでしょう。
私たちが作った『新和英大辞典 第5版』も同じようなプロジェクトだったと思います。この辞書は英語教育、和英翻訳、日本語教育などの「地図」に長く残るでしょう。私はその仕事のほんの一部に参加できまして、大変嬉しく思います。どうもありがとうございました。
(posted December 15, 2004)